
朝いちばんにかかってくる電話の多くは、そこまで切迫していません。
「ちょっと調子が悪くて」というような、日常的な温度感で始まることが多いです。
しかし、その日の声は違いました。
受話器の向こうで、検査システムが止まっている。
最初のひと言の温度感で、すぐにそれが分かりました。
ある病院の検査システム。その中心で動いていたサーバー機が、朝、電源を入れてもOSが立ち上がらなくなっていました。
導入した年から数えて、8年目のことでした。
実は、このサーバーには伏線がありました。
私たちは5年目に一度、「そろそろ更新を検討しませんか」とお伝えしていました。
そして翌年、その翌年にも。
機械にはどうしても寿命があります。特に24時間動き続けるサーバーは、ある日突然止まることがあります。
そうしたリスクを、できるだけ脅かすような伝え方にならないように、しかし正直にお伝えしてきたつもりです。
その案内に返ってくる答えは、いつも同じでした。
「今のところ問題ないから、まだ大丈夫」
その気持ちは、私たちにもよく分かります。
動いているものに費用をかける決断は、誰にとっても簡単ではありません。
壊れてもいない機械を買い替えるという判断は、費用対効果の面でも、現場の感覚からしても、どうしても踏み切りにくい判断だと理解しています。
私たちとしても、いたずらに不安を煽ってまで強引に更新を進めることは本意ではありません。
ただ、システムの稼働状況を慎重に見守りながら、次の年もまた更新の必要性をお伝えし続ける。
それが、当時の私たちにできる精一杯のサポートでした。
そして8年目に、その日が来ました。
電話を受けて、すぐに代替機の準備を始めました。
同じ構成のサーバーを一台用意して現場へ向かう。
到着してから復旧までの段取りを、頭の中で何度も組み直していました。
検査システムが使えない状態が続けば、現場への負担は非常に大きくなります。
一分でも早く復旧したい。
その思いで向かいました。
現場で対応してくださったのは、検査技師さんでした。
検査のプロフェッショナルです。
ただ、パソコンやサーバー内部の仕組みなど、ITの専門知識をお持ちであるかどうかは別の話です。
技師さんの本来の使命は、システムを管理することではなく、目の前の患者様の検査を行うことだからです。
「とにかく、いつも通り検査ができるようにしてほしい」
伝わってくるのは、その一点でした。
私は、止まってしまったサーバーの調査を開始しました。
リモートでは確認できないBIOS画面とRAID設定画面を確認すると、原因の見当がつきました。
このサーバーはRAID1という構成で、同じデータを2台のディスクへ同時に書き込む仕組みになっていました。
片方のディスクに障害が発生しても、もう片方のディスクを使って動作を続けられるようにするためです。
しかし、今回は単純にディスク1台が故障しただけではありませんでした。
ディスクそのものではなく、2台のディスクをRAID構成として管理するための情報側に問題が発生していました。
片方のディスクには、まだデータが残っている。
しかし、そのデータをどのように組み合わせて起動するかという管理情報が正しく機能していない状態でした。
ここで判断が必要になりました。
持ってきた代替機へ移行して復旧する方法もあります。
しかし、代替機への移行には、確実なデータ移行や各種設定の調整など、安全を期すため、一定の作業時間を要します。
その間、検査システムは止まったままです。
一方で、今回の場合は、残っているディスクを起動元として認識させることができれば、昨日まで使っていた環境をそのまま復旧できる可能性がありました。
設定も、保存されているデータも、そのまま利用できます。
何より、現場が止まる時間を最短にできます。
私は、持ってきた代替機をいったん脇に置きました。
RAID構成を解除し、生きているディスクを起動先として指定する。
「これならいけるはずだ」という経験からの確信と少しの緊張感を抱きながら、電源を入れました。
しばらく待ったあと、いつもの画面が立ち上がりました。
検査システムが、動き始めました。
「わざわざ持ってきたものを使わない」というのは、不思議に聞こえるかもしれません。
しかし、その日に一番大切だったのは、新しい機械を設置することではありませんでした。
検査の現場を、少しでも早く元に戻すことでした。
作業が一段落したころには、やり取りの相手は事務長さんに替わっていました。
技師さんは現場へ、事務長さんは判断へ。
それぞれの持ち場に戻った、という感じでした。
事務長さんは、こちらの説明をよく理解してくださる方でした。
何が起きたのか。
なぜ止まったのか。
今どういう状態なのか。
順番に説明すると、一つずつうなずいてくださいました。
そして、ぽつりとこう言われました。
「やっぱり、壊れるんだね」
責めるでもなく、悔やむでもない、静かなひと言でした。
私は、
「8年間、大きなトラブルなく稼働してくれました。ただ精密機械である以上、ある日突然限界を迎えることもあります。」
と、正直な気持ちをお伝えしました。
事務長さんは、大きくうなずいてくださいました。
数日後、サーバーの更新が正式に決まりました。
私たちから改めてお願いしたわけではありません。
事務長さんのほうから、更新について切り出してくださった話でした。
本当は、こうなる前に踏み切っていただけるよう伝えることが、私たちの仕事です。
しかし、動いているものの必要性を伝えることは、簡単ではありません。
あの朝の慌ただしさを振り返り、私たちのご案内の仕方にもさらに工夫を重ねていく必要があると痛感しています。
あのサーバーは、8年間、ほとんど何も言わずに動き続けていました。
その間、目立った作業が発生していたわけではありません。
システムが問題なく動いている間、私たち保守チームの存在は基本的に誰の目にも触れません。
うまくいっているとき、保守という仕事は、「何もしていない」ように見えてしまう側面があります。
障害対応という仕事において、一番いい結果は、もしかすると「何もしなくていいこと」なのかもしれません。
だからこそ、一番伝わりにくい仕事でもあります。
止まって、駆けつけて、復旧して、そこで初めて「ありがとう」と言っていただける。
しかし、本当の価値は、その手前にある「何も起きない毎日」を支えることにあります。
もちろん、「困った」を「よかった」に変えることも大切です。
ただ、本当は「困った」が起きないことが一番です。
サーバーやシステムは、いつか更新の時期を迎えます。
それは、故障してから慌てて考えるものではありません。
正常に動いている今だからこそ、落ち着いて判断できるものです。
確認しておきたいポイントは、難しいことではありません。
「まだ動いているから大丈夫」
その判断自体が間違っているわけではありません。
ただ、動いている時間の裏側で、少しずつ更新の準備をしておくことが重要です。
今、あなたの現場で当たり前に動いているシステムも、きっと誰かが静かに支えています。
それは私たちのような外部の保守担当者かもしれません。
あるいは、院内のIT担当者や事務担当の方かもしれません。
普段は意識することのない存在かもしれません。
しかし、何も起きない毎日が続いているということは、誰かがその状態を守っているということでもあります。
「今のところ問題ない」
その言葉の中に流れている時間を、少しだけ思い出していただければと思います。
問題が起きていない今こそ、いちばん落ち着いて備えられる時間だからです。
A. 一概には言えませんが、医療現場で使われるサーバーは、導入後5年程度をひとつの検討時期として考えることが多いです。使用環境や保守状況によって異なるため、早めに更新計画を立てておくことをおすすめします。
A. 動いている状態で更新を検討することが重要です。故障してからでは、診療や検査業務への影響を最小限にするための選択肢が限られてしまいます。
A. RAIDは障害への備えのひとつですが、万能ではありません。ディスク以外の構成情報や制御部分に問題が発生する場合もあります。また、RAIDはバックアップの代わりではありません。別途、復旧できるバックアップを準備しておくことが重要です。